ラジオの存在

 若者のラジオ離れが進んでいるようですが、私はRADIO-i(79.5MHz・愛知国際放送㈱)というFM局が大好きで、何年も前から日常生活に欠かせないものとして愛聴しています。
 ところが、しばらく前、このRADIO-iが9月末にて放送終了とのショックな新聞記事が…。累積赤字が多額に膨らみ、昨今の経済状況も影響し、広告収入も減少。今後の事業継続が困難だということで、現時点では会社清算の予定だそうです。実は、広告宣伝の時間が短いところもこの局を気に入っている理由の一つだったのですが、やはりそれでは経営が成り立つはずがありません。景気の低迷がこういったところにも表れて、とても残念に思います。

 音楽を聴くこと、ニュース情報を得ること。現在はインターネットの普及により、ラジオはどちらの面でも劣勢です。
 しかし、ラジオ局とラジオそのものは災害情報の受発信という、緊急時の役割に強みを持っているだけに、今後、特に地域密着型のラジオ局減少の流れが続いたら…と考えると、東海大地震の恐れもある東海圏では大規模災害時の対応に何か弊害が出るのではと、少し心配です。

 また、このラジオ局は外国語放送局という分類で、日本語以外に、英語、ポルトガル語や韓国語、タガログ語などの多様な言語で在日外国人の方向けにニュースを流しており、こういった方への情報提供という特色ある一面を担っています。
 元々外国語放送局といったものは、阪神淡路大震災での在日外国人の方への情報提供の脆弱さを教訓に作られたものだそうなので、そういった面でも、災害時の備えとしての多様性が失われるのは残念なことです。放送終了を惜しく思っている方も多い気がします。

 もうすぐ防災の日(9/1)が近いこともあります。普段はあまり気に留めないラジオの役割に思いを巡らせながら、放送終了の事実を寂しい気持ちで受け止めています。
 日常生活では音楽などを楽しむ道具ですが、万が一の際にはとても役に立つようです。防災袋にはラジオと乾電池をお忘れなく…。

by 松浦

「諦めないこと!」

 先日、JEX(ジャルエクスプレス)の副操縦士であった藤明里(ふじ・あり)さんと言う方が、国土交通省の機長審査に合格し、日本初の旅客機の女性機長となったという新聞記事を読みました。体格的な面等どうしても男性優位となってしまう職業に、少しずつですが女性が活躍の場を拡げているニュースを見聞きするのは同性としてとても喜ばしく感じます。

 機長になるには、昔も今もそこに至るまでの道のりが長く、随分と狭き門のようです。
ですが大変という以前に、彼女がパイロットになりたいと思った当時は、航空会社への採用対象が航空大学校の卒業生に限られており、その学校の入学条件である身長基準を満たさない彼女は受験することすらできませんでした。唯一の方法が、努力でどうにもならないことで閉ざされていたのはとても悔しかったと思います。
しかしそんな日本での状況にもかかわらず、藤さんはアメリカの操縦士養成学校へ留学し、操縦士免許を取得。帰国後はなんと、派遣社員をして“機会を待った”ということで、私は大変驚かされました。

 “お客さんを運ぶ仕事がしたい”との夢をもって大学を卒業した後、海外で資格をとったパイロットの採用を始めるようになったJEXに合格するまでが約7年だそうです。
夢を諦めたくなくて留学したのでしょうが、航空会社の採用基準が変わる保証もなかった状況で、よく思い切ったな、そしてよく待つことができたな…、というのが私の率直な感想です。

 通常、身長が足りない、視力が充分でないなど、頑張ってもクリアできない受験資格があったら諦めてしまう人がほとんどではないかと思います。私もおそらく諦めてしまうと思います。
時代の流れで採用条件が緩和されるかも…ということを藤さんが予想していたかは分かりませんが、こういった形で夢を叶えた方の話を聞くと、“諦めない”ということがどれほど大事なことかを思い知ります。
また、JEXに入社した後も体格のハンディや女性への偏見など苦労も多かったとのこと。そこでも諦めない気持ちを存分に発揮されたのだと思います。

 蒸し暑い毎日が続く中、とてもさわやかな気分になったニュースでした。自分も、より粘り強くありたいと思うとともに、今後もこのようなニュースが沢山聞けると良いなと思いました。

by 松浦

「涙の効能」

年齢とともに涙もろくなっている事を折に触れて実感しています。
映画は勿論、ドラマやニュースの一場面などでも感動的であったり、悲しい内容に共感するとすぐに涙が浮かんできます。最近、毎週観て必ず泣いているドラマがあるのが良い例です。

泣くと瞼が腫れてしまうので、ほどほどに…とは思いますが、休日で外出の予定がなければ気兼ねなく涙を流すのもいいかな、とも思います。表現し難いのですが、泣いた後のなんとなくスッキリとした気分が好きだからです。
経験的に賛同してくれる方は多いと思いますが、どうやらちゃんとメカニズムがあるそうで(但し、まだ解明されていないことも多いそうです)、涙を流すことによって、ストレス物質を排出できている(=すっきりした気分が味わえる)のだそうです。

また、“泣くこと=ストレス物質の排出”、なので、泣くことを我慢するのはその逆で、ストレスを溜めてしまうことになるそうです。感情を抑えてストレスを溜めこんでしまうと、“泣きたくても泣けない”という感情表現の出来ない状態に追い詰められてしまうこともありうるそうです。それは極端な例ですが、泣きたいときに泣けることは幸せなことなのかもしれません。

冬から春の繁忙期が過ぎ、夏は一般的に会計事務所としては一息つける時期です。せっかくなので、こういった時期に、積極的に良書と言われる本を読んでみたり、感動するような映画を観る時間を普段より多くとって、気分をリフレッシュしつつ見聞を広める時期にしたいと思いました。

by 松浦

「目標設定の難しさ」

 私事ですが、石田会計に入所してようやく一年が過ぎました。同僚にも恵まれ、良い環境で働かせてもらっていると感謝しています。

 日本人の風習として、新年に一年の目標や計画をたてたり、年度初めに気持ちも新たに同様のことをする方は多いと思いますが、私はその他にも、誕生日や職場で一年経った、などという区切りにもこれまでを振り返ってみることが多いです。
 但し、達成した・しなかったと振り返って思うだけでなく、良いことは継続し、反省すべきところは改善していかなければ意味がないのですが、残念ながらここ数年はそれが上手くできていない気がします。

 試験勉強だけに集中すれば良かった学生時代は、校内順位や試験の合否などによって努力の結果が一目瞭然で、そのため次の目標がたてやすかったのですが、社会人となった今は、公私の事柄を問わず、目標を設定する際には難しさを感じます。“もっと○○の知識を深めよう”、“今年は△△に挑戦しよう”など、どうかすると目標の内容が漠然となりがちだからです。

 趣味などプライベートに関することは気楽な目標設定でもいいかもしれません。しかし、結果を望みたい場合には、目に見えて検証しやすい数字を使って目標を設定することが今更ながら重要に思えてきました。振り返っての見直しができないと、そもそも目標をたてること自体が無駄になりかねません。
 人それぞれではありますが、個人的には短いスパンでゴール設定をし、時々は達成感を味わって自分をおだてていかないと、うまく努力が継続できないなと思うところもあります。
 今回は少し時間をかけて、新たな一年の目標設定を考えたいと思っています。

by 松浦

挨拶の効果

 私は挨拶をすることが好きです。挨拶は他人に向けてするものですが、私は元気な挨拶をすることによって自分自身も清々しさを感じるので、自分のためにもしている、と言えるかもしれません。

 昔の職場に、朝に弱いタイプらしく、毎日不機嫌な顔で出勤してくる社員がいました。挨拶はするものの、いかにも仕方なくやっているというくらいの覇気のない声です。小さな会社の古株社員でしたし、今更誰も生活態度について一言言うのは難しかったのでしょうが、正直社会人としてその態度はいかがなものかと大変残念に思っていました。

 一方、石田会計事務所が入居しているビルには、ビル内の掃除をして下さる方が何人かいらっしゃいますが、その中にハキハキとした挨拶が一際素敵な年配の男性の方がいます。“おはようございます!お疲れ様です!”との丁寧な挨拶は、いつも私を笑顔にしてくれます。

 社会で働くことは、当たり前ですが大勢の他人と関わるということです。元気のない態度や不機嫌な顔での挨拶は、周りの人達を心配させ、また場合によっては不快な気持ちにもさせてしまいます。さらには、そのような行動が、意図しなくても自分自身の落ち込んだ気持ち、不機嫌な気持ちを増幅させてしまうのではないでしょうか。
 逆に、いつも元気で溌剌とした人と言葉を交わすと、自分自身の気分も明るくなってきませんか?
 円滑なコミュニケーションの第一歩であり、マナーの基本中の基本である挨拶は、声と動作と表情とが一体となって認識されるものです。挨拶を“すること”だけが大事なのでなく、挨拶を“どのようにするか”を考えないと、挨拶をしているのだから良いだろう、という乱暴な考えになってしまいます。

 挨拶をすることが好きと言う私ですが、時には社外の人に対して自分から先に挨拶をすることに気が引けてしまい、結果、タイミングを逃してしまうこともあります。そんな時は、大抵、びっくりされないかな?返事が返ってこないかな?と思っている時です。でも、元気な挨拶をされて気を悪くする人はいないと思うので、たとえ返事がなくても気にせず、自分から気持ちの良い挨拶を習慣づけたいと思っています。
 毎日そう心がけていたら、ひょっとすると“好印象”というおまけがついてくるかもしれませんね。

by 松浦

「春の交通安全目標」

エコブームにのって、プライベートは元より通勤通学にも自転車を使う人が増えてきているようです。また、通勤通学経路のうち一部分でも、徒歩で!と心がけている方もいらっしゃるかもしれません。私の場合、地元の駅までは快適に自転車を利用しています。

ところで、以前から自転車に乗る人や歩行者のマナーで気になっていることがあります。車の通行量が多くない、いわゆる生活道路の話なのですが、道路の後方を確認せず、スッと横切る人が意外と多いのです。歩行者(又は自動車よりは自転車)優先の意識からなのかもしれませんが、生活道路とは言えやはり車も来ますし、他の自転車も走っています。例えばちょっとでも後ろを振り向く動作が見られれば後方の者は注意もできますが、突然横切られてしまったら、車の運転手も追い抜こうとしていた自転車の人もビックリすることでしょう。

私自身は、バイクの免許を持っていることもあり、自転車に乗るときでも徒歩の際でも振り向いての目視確認がかなり習慣づいているため、危険な思いをしたことはあまりありません。ただ、まれにぼーっとして後方確認を怠った時に限って“しまった!”と思うようなヒヤリとしたことも確かにあります。何気なく横切ってしまうこともあるかと思いますが、今まで特に意識していなかった方には安全のために是非お勧めします。

春は新年度ということもあり、道に不慣れな新入学生や新入社員が多くなります。また、ハイブリッドカーは低速走行中の音が静かすぎ、自転車に乗る人や歩行者に危険だという話題も出ているようです。
どのような立場になるときでも事故など起こらないよう、起こさせないよう、それぞれが気をつけたいものですね。

by 松浦

「最善の対応を」

先日、シューフィッターの方に足のサイズを測ってもらい、足の幅なども考慮した適正サイズを教えてもらいました。
ところが、残念なことにそのサイズはなかなか売られておらず、店頭で見つけることはできませんでした。しかし、サイズがないという状況は同じであっても各々の店の対応は違い、これについて少々考えさせられました。

店の対応で、多かった順に並べていくと、
① 申し訳ありませんが扱っておりません、というお店(10店ほど)
② 該当サイズはないけれど、良かったら中敷等で調整しますのでいかがですか、と言ってくれたお店(2店)
③ 当店では扱っていませんが、確か○○店で扱っていたと思います、と競合店を紹介してくれたお店(1店)

結果、③で教えてもらったお店にも適当なものがなかったため、②の対応をしてくれたお店から購入することにしました。

①のお店の対応でも特にマイナス感情を抱いたわけではありませんが、②、③の様な対応をしてくれたお店と比較してしまうと、もう一歩お客様のニーズに踏み込んだ一言なりがあれば、その時の売上につながらなくても、今後そのお店への関わり方や印象に大きな違いが残ったのに、と感じました。

③のお店がシューフィッターさんのいたお店なのですが、靴の選び方を長い時間丁寧に説明してくれ、該当サイズがない事を申し訳なさそうにしながら他店を紹介してくれました。
また、購入した②のお店ではこちらが恐縮するくらい何度も微調整をして下さいました。どちらの気遣いも本当にありがたかったので、また次の機会があれば是非利用したいと思っています。

ところで、自分自身の状況に置き換えてみると、会計事務所も専門知識を売りにしているサービス業です。
弁護士や司法書士の様な単発の仕事での関わりが多い士業と比べて、会計事務所は継続的に関与しているため、気安さからか分野外の相談を受けることもしばしばあります。そんな時に、専門外で知識がないのでわかりません、お答えできませんといった対応をしていては、例え会計の仕事をきちんとこなしていたとしても、お客様の満足感や信頼を得るには時間がかかってしまう気がします。
専門外であるなら、その分野に精通した専門家を紹介する、また、自分の知識やネットワークを駆使して最善の回答をする、といったことを心がけていけば、自分自身がその問題を直接解決できなかったとしても、出来うる限りの事をしたという事に関して、人は好印象を持ってくれるのだと思います。
仕事に取り組む姿勢として、良い気づきとなる出来事でした。

by 松浦

「寄付金控除」

確定申告はサラリーマンで副収入のない私は本来必要ないのですが、申告をする予定です。それは、寄付金控除を受けようと思うからです。

一年ほど前から、ある非営利団体の寄付に毎月協力しています。
以前から協力したいと思っており、望んでいた業界で仕事が出来るようになったことをきっかけに始めました。

その寄付により行われる援助プログラムでは、一口に一人援助を必要とする子が充てられ、その子の成長を通して地域の発展改善を見守るというものです(本人に直接お金が渡るわけではありません)。定期的に子供の成長やプログラムの進捗状況のお知らせなどが届くので、その度に協力できていることが嬉しいなと感じます。
援助プログラムは数年から10年くらいの計画で行われているので、計画が無事に終了するまでお付き合いできることを目指しています。
このことによって、長く寄付を続けていけるように仕事を頑張ろうとの気持ちも沸いてきます。お互いに良い効果があるならこれ以上いいことはありませんね。

今はちょうど確定申告シーズン真っ只中です。
寄付金控除は、“所得控除”であるため、寄付した分だけ税額が減るというわけではありません【“寄付”=すべてが控除の対象ではなく、足切り額もあります。また、控除を受けるためには、領収書・その団体等が寄付金控除の対象となるものであることの証明書等の添付が必要となっています】。
減税の効果としては少額にとどまるところでしょうが、多額の寄付をした場合、または、寄付をしたけど対象となるものかな…と気になることがありましたら、遠慮なく担当者までご相談下さい。

by 松浦

新年の抱負

『心が変われば態度が変わる
 態度が変われば行動が変わる
 行動が変われば習慣が変わる
 習慣が変われば人格が変わる
 人格が変われば運命が変わる
 運命が変われば人生が変わる』

上記は私の好きな格言です。
元楽天イーグルスの野村監督がよく口にしていた事でも知られているようです。

何事もまずは心がけから!

“難しそうだな…”、“疲れたな…”、とマイナスの言葉を呟かず、“やりがいがありそうだ!”、“充実感があったな!”などと置き換えて、プラス思考で考えることが自分に変化をもたらしてくれるように思います。

干支の寅の様に、果敢に、沢山のことに挑んでいく年にしたいです。

by 松浦

「理解すること」

勉強でも仕事でも、自分自身では分かっていると思っていても、他人に説明しようとするとうまく言葉が出てこないことはありませんか?私はこういう状況がしばしばあるので、とてももどかしい思いをします。

私が通った専門学校は、ゼミ学習という形式をとっていたのですが、それは少人数でグループを作り、そのグループで席を向かい合わせにして勉強するというものでした。ゼミ学習の利点は、周りのクラスメイトの状況が把握でき、分からない人は早く問題を解き終わって余裕のある人に尋ね易い距離にあるなど、お互いに教えあって協力できることでした。先生ももちろんサポートにいるのですが、あえて生徒同士で助け合うことを薦めていました。それは、“教える方にも教えることによって理解が深まる”、もっと言えば、“人に教えることが出来て初めて理解したと言える”、との考えからでした。

うまく言いたいことが説明出来ないときは、その言葉を思い出して、まだまだ自分の理解が足りないのだと反省しています。

先日、休みのスタッフに代わって急遽そのスタッフの仕事をする機会がありました。電話で指示をもらったのですが、必要な資料がわかりやすく整理されていたこと、また、顔をつき合わせない状態での説明はそうであるものより難しいと思うのですが、明確な指示をもらえたことに驚き、見習わなければと思いました。これはきちんと“理解している”からこそできることだと思います。

自分では日常普通にこなしていることでも、急遽他の人に頼まなければならないときは、仕事の内容を的確に伝えることができるのか、資料を探し回ってもらわなくても済むように整理はされているのか、今回のようにいざと言うときに対応できるのも日々の理解の積み重ねがあってこそ、だと思います。

このことがあってから、“説明ができる”ことを目安とした理解のレベルをより意識するようになりました。病気で休んだスタッフには申し訳ないですが、私にとっては他の人の仕事の仕方を学べた良い機会でした。

by 松浦